2月某日、都内某所、『もうすぐ絶滅するというタバコについて』の刊行に際して、こちらも今や絶滅が危惧される“喫煙書店員”3名が集合。部屋はもちろん喫煙室。世間の嫌煙から離れた一時の聖域のような空間で紫煙をくゆらせながら、本書のご感想やタバコについて思い思いに語っていただきました。
Kさん 都内書店にて文芸書を担当。次元大介に憧れてタバコを吸い始め、現在吸っている銘柄はラッキーストライク。酒、ギャンブルもたしなむ40代男子。
Uさん 都内書店にて文庫を担当。クール・マイルドのボックスを吸っていたが、最近飼い始めた猫のために現在はアイコスで我慢。30代女子。
Mさん 都内書店にて書籍全般を担当。銘柄はこだわりのピース・アロマ・ロイヤル。周囲からは吸ってなさそうに見られる20代男子。
――まずはこちらの書籍、いろいろな作家のタバコエッセイが収録されていますが、それぞれ気になった作品はありますか。
Kさん:やっぱ筒井康隆さん、いいですね。一番怒ってますよね。もともと好きな作家ですが、代わりに言ってくれてるみたいな。あとは池田晶子さん。嫌煙の人に対して、権利を持つと使いたくなるのが人の性だがそれ使わなくてもいいんじゃないかとか。突き詰めれば生きるとはどういうことかという難しい話にもなって、考えさせられる。
――池田さんはタバコ吸わなかったんですよね。
Kさん:そう。吸わないのにこういうことを言ってるのがかっこいい。それと、中島らもさんの文章を読むと吸いたくなりますね。うまそうに書いてる。大麻よりいいっていう...。
――Mさんは?
Mさん:まず冒頭の開高健さんの「たばこは要らん、という人はストレスを感じないで生きている人でしょう」というところ、口に出して言ったら絶対怒られますよ。喫煙者の人って歯切れが悪くなったり、言い訳っぽくなったりしちゃいますが、ここまで言い切ってくれると面白いですね。あとは内田百閒の、幼稚園に上がる前からタバコを吸っていたと。
Kさん:衝撃でしたね。
Mさん:衝撃ですね。タバコの年齢制限ができる前っていうのがあったんだなと。その頃の光景を見てみたい。そして一番好きなのは山田風太郎さんの「けむたい話」で、これまで健康にいいと言われたものが後になって悪いっていうことがわかったり、悪いって言われたものがよかったり、だからタバコももしかしたら...っていうのが、夢があって。現代の科学で実はタバコはよかったっていうことがわかったら、みんな一斉にタバコを吸い始めるのか、そう考えると面白い。
――Uさんはどうでしたか?
Uさん:まず全体的に読んで、けっこう歴史とか書いてあったじゃないですか、パイプとか、こういう風に昔は吸ってたんだとか、そういうのがわかって、歴史の本みたいな感じで面白かった。エッセイでは久世光彦さんが面白くて、「非常識は承知しているが、こればかりは問答無用の、私の聖地(サンクチュアリ)である」っていうのがすごいわかる!と思って。あと、米原万里さんのお父さんの言い訳がすごい好き。脳細胞の働きが速すぎて、周囲と合わせるためのブレーキで吸ってるっていうのは、これ私もだ!と思いました。
――ご自身はどうして吸ってるのと聞かれた時にはどう言い訳してますか?
Uさん:あまり聞かれないでよすね。やめなよ、くらいしか言われない。でも今度言われたら、脳細胞がって言います。
Uさん:皆さんが吸い始めたきっかけ、知りたいですね。
Kさん:次元大介が大好きで真似して、カタチからですね。わざとくしゃくしゃにして、曲がったヤツにする。何を吸ってるかも調べました。ポール・モールって、当時日本であんまり見かけなかったから、代わりにフィルターが茶色いやつでいいかって、ラークとかね。
Uさん:私は友達からもらって最初はクソまずって、絶対吸わないって思ったけど、大学が美大だったんですけど、みんな吸ってるんですよ。もう1メートルおきに灰皿が置いてあって。でもまあ吸わないかなって思っていたところ、『フットルース』っていう映画あるじゃないですか。そこで主人公がめちゃくちゃうまそうにタバコ吸ってて、うまそう!と思って、自分で初めて買って吸ったらすんなりおいしかった。
――美大は喫煙率高いんですね
Uさん:すごいですよ、みんな吸ってました。
――Mさんは?
Mさん:父親が吸ってたので大人になったら自然と吸うものだと。あとうちのおじいさんが使ってたパイプが家にあって、それをくわえたりして、とにかく吸ってみたいという憧れがありました。小学生の時に図工室で藁半紙をきつく巻いて半田ごてで火を付けて、タバコ代わりに吸ってたり。ものすごい怒られましたけど。
――子どもの頃に真似しちゃう気持ちはわかります。
Uさん:でも、今本当にテレビでタバコ吸っているシーンがないじゃないですか。だから最近はかっこいいとも思われないのかなあって。『シティハンター』の実写映画を見てて違和感あるなと思ったら、冴羽獠がタバコ吸ってないんですよ!
――憧れるような環境がそもそもなくなってしまった。
Kさん:悪党のくせにタバコをポイ捨てしないとか、車のシートベルトするとか、ああいうのはリアリティがない。だったら人殺しの話もできなくなっちゃう。
Uさん:皆さんアイコスはどうですか?私は猫を飼い始めて、ちょっと副流煙がまずいなって思って、猫のためにアイコスにしたんですよ。最初はまずかったんですけど、慣れました。
Mさん:いろいろ買えるようになってみんな電子タバコになってくると、ある種の優越感をもって、「紙のタバコまだ吸ってんの?」みたいに言われます。電子の方が健康にまだいいみたいな、どっちもどっちじゃねえかっていう話なんですけどね。
Kさん:煙が出ないっていうのが何か、違和感が。この本にもあったじゃないですか、暗闇で吸ってもうまくないんじゃないって。
――寒い日に自分の白い息といっしょに煙を吐くと気持ちがよいです。煙が倍増した感覚で。
Mさん:そう、電子タバコでも爆煙タイプってありますよね。ものすごい煙が出る。びっくりしました、初めて見た時。
Uさん:あれは電子タバコなんですよ。簡単に言うとアイコスは電子タバコじゃなくて加熱式。
Kさん::怪しいやつもいっぱい売ってますよね。
――禁煙を試みたことはありますか? この本にもそういうエピソードありましたけど。
Kさん:本の中にあったじゃないですか、3日間やめられたらやめられるんだみたいな。そういう心境はありますね。
Mさん:僕も普段は全然やめようと思わなくて、でもなぜか年末になるとやめたくなる。区切りでやめようかな、みたいな。けど新年を迎えてふと、もう吸ってもいいや、ああもう吸っちゃったと。
Kさん:本当に体壊したりとかしたらね、本気でやめるかも。うまくないだろうし、きっと。
Uさん:結婚して妊娠したらやめなきゃいけないじゃないですか。でも今のところ予定はないんで、いいかなって。でも、この前久々に美大の頃の仲間と飲んだら3分の2くらいやめてて、まじかって。
Mさん:これ以上値段が上がったらどうですかね。
Kさん:千円になったらどうしようって思いますけどね。でも吸う本数を減らしてよりじっくり吸うのかな...。
Uさん:家族の理解はどうですか? 私はもう、諦められてて、何かまた吸ってるってみたいな感じで。タバコ吸ってる人としか付き合えなかったですね。もしやめてってとか言われたら、愛のためにやめれますか? 私はちょっと無理。何か、タバコかっこ悪いからやめなよと言われるとすごいむかつくんですよ。わかります?
Kさん:わかります
Uさん:かっこつけてるわけじゃないんだけど。
Mさん:相手が吸ってくれてると、タバコを吸う時間ってちょっと特別だから、二人で吸って、そこを共有できるといいかなっていうのはある。
――タバコが登場する小説で印象に残ったものはありますか。
Kさん:大藪春彦のバイオレンス小説、有名な『野獣死すべし』とか、『蘇える金狼』とか、作中にタバコがいっぱい出てくる。男らしくていいですね。大藪春彦はエッセイも書いてて、ロシア人があんなちっちゃい頃からタバコ吸ってるのに身長があんなにでかいんだから、タバコ吸うと背が伸びないっていう話はウソだっていう乱暴な説をとなえてましたけどね。
Uさん:やっぱりハードボイルドですよね、出てきてかっこいいなと思うのは。北方謙三さんの『眠りなき夜』という作品で、主人公の高樹警部が火付きの悪いオイルライターをカチカチしながら火をつけるところが印象的でした。タバコって、火をつけてからじゃなく付けるところから始まるんですよね。
Mさん:僕はミヒャエル・エンデの『モモ』です。タバコを吸っているとたまに時間泥棒になったような気分になります。あと、松本大洋さんの漫画にでてくるタバコが好きです。タバコは言葉にならない気持ちを吐き出すための道具なのかも、と思わせます。
――この書籍のタイトルのように、もし明日タバコが絶滅するとしたら最後の一本はどういうシチュエーションで吸いたいですか? 朝起きたらタバコはもうなくなりますっていう時の、眠る前の最後の一本。
Mさん:どうせなら絶対吸っちゃいけない場所で吸ってみたいですね。電車の中とか。
Uさん:私は逆に、その日に喫煙者集めて、喫煙の会みたいなのを開いてみんなでいっしょに悲しい気持ちを共有しながらやりたいですね。
Kさん:まったく普段と変わらず過ごしたいかな。で、後でもっと味わえばよかったと後悔したい。
Uさん:いい感じに分かれましたね。
ベストセラー作家でも、愛煙家は肩身が狭い......もはや絶滅寸前のたばこ飲みたちが、たばこへの愛、喫煙者差別への怒り、禁煙の試みな どを綴ったユーモアとペーソス溢れる作品群。
【収録作品】